トランスヒューマニズムとは
トランスヒューマニズムは、ここ数十年間でゆるやかに定義されてきた新しい思想および運動の潮流です。世界中に数百万人の支持者が存在するとされ、日本語では「超人間主義」とも訳されます。
とりわけ米国の未来学者マックス・モア(1964~)が1990年に『Transhumanism:Toward a Futurist Philosophy』で提唱した以下の定義がもっとも広く普及しています。
“Transhumanism is a class of philosophies of life that seek the continuation and acceleration of the evolution of intelligent life beyond its currently human form and human limitations by means of science and technology, guided by life-promoting principles and values.”
“トランスヒューマニズムは、生命を促進する原則と価値に基づき、科学技術により現在の人間の形態や限界を超克した知的生命への進化の継続と加速を追及する生命哲学の一潮流である”
その内容を端的にあらわしたイラストが以下となります。
すなわちトランスヒューマニズムは、科学技術を積極的に活用することで生物学的限界を超越しようとする思想および運動、そして哲学なのです。
また、日本トランスヒューマニスト協会ではトランスヒューマニスト宣言を採択しております。トランスヒューマニスト宣言とはExtropy Institute, 世界トランスヒューマニスト協会、および世界中のトランスヒューマニストグループによる共同声明です。こちらから宣言を読むことができます。
科学技術で積極的に人間を改良するという思想は、一聞すると非常に非人道的で冷酷な考えのように感じることでしょう。生命の冒涜だと捉える方もいるかもしれません。しかしトランスヒューマニズムの本質は、生命の抑制ではなく促進です。科学技術の力によって病気や障害のみならず老化や死までをも克服し、生きていることの喜びを最大限に感受できるようになること。だれもが生きていることの素晴らしさを実感できるようになること。生という貴重で美しい体験をあらゆる手段をもって保護・保存すること。これこそがトランスヒューマニズムの基礎をなす考え方です。トランスヒューマニストとはすなわち、「生命への愛」により定義される人々なのです。
シンギュラリティの接近
最近「シンギュラリティ」という単語を見かける機会も多くなってきたことかと思います。実はこのシンギュラリティとトランスヒューマニズムには深い関わりがあります。
シンギュラリティ(技術的特異点)とは、コンピュータ・テクノロジーが指数関数的に進化し続けた結果、AI(人工知能)がある時点で人間の知能を超えて取ってかわるという仮説のことです。米国のコンピュータサイエンティストであるレイ・カーツワイル(1948~)によって提唱されました。彼の著作『The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology』では特異点の到来期を2045年と予言しています。
実際、近年における人工知能の進歩にはめざましいものがあります。
IBMは2011年に人間と同様に経験から学習し、事象間の相互関係を見い出し、仮説を立て、記憶していく能力を持つコグニティブ・コンピューティング・チップの開発に成功しました。翌2012年にはGoogleが脳のニューロネットワークを模倣して構築した中央演算処理装置のネットワークシステムが事前プログラムなしに猫の識別に成功したと発表。2015年には画像認識コンペILSVRCでAIの画像認識の誤差が人間と並ぶ水準にまで低下したことが明らかになりました。2016年にはDeepMind社のAI・AlphaGoが囲碁で韓国のトッププロ棋士に勝利し、日本ではAIの書いた小説が『星新一賞』の一次審査を突破。2017年には中国企業・騰訊(テンセント)社のAIが独自学習の結果、共産党に対して批判的な主張を繰り広げました。
このように、AIは私たちの予想をはるかに超える速度で進化を遂げています。
シンギュラリティはけっしてSF世界の話ではないのです。
トランスヒューマニストの目指す未来
高度な科学技術によってもたらされる不老・不死・不労の社会は、トランスヒューマニストがめざす理想のユートピアです。しかしトランスヒューマニストが真にめざすものはその先にあります。
それはすなわち、人間とAI(機械)の融合です。イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ(1976~)は著書『Homo Deus: A Brief History of Tomorrow』についてのインタビューで以下のように述べています。
“Humans won’t fight machines; they will merge with them. We are heading towards marriage rather than war.This is the shape of the new world, and the gap between those who get on-board and those left behind will be bigger than the gap between industrial empires and agrarian tribes, bigger even than the gap between Sapiens and Neanderthals. This is the next stage of evolution. This is Homo Deus.”
“人間は機械と戦わず、それらと融合することになるでしょう。私たちは戦争ではなく結婚に向かっているのです。これが新しい世界の形です。それを受け入れる者とそうでない者の差は、産業帝国と農業部族の差よりも、サピエンスとネアンデルタール人の差よりも大きくなります。これは進化の次の段階――ホモ・デウスなのです”
日本におけるトランスヒューマニズム
世界的な広がりを見せているトランスヒューマニズムですが、日本において支持者の数は多いとは言えません。しかしサイバーパンクを題材にしたメディア作品や2016年アメリカ大統領選挙でのトランスヒューマニスト党の活動のおかげもあり、徐々にその知名度は上がりつつあります。
また日本には無神論者や無宗教者が多く、トランスヒューマニズムとは相性が良いため、キリスト教的風土が根強い米国を抜き去って世界一のトランスヒューマニズム国となるポテンシャルを秘めています。
私たち日本トランスヒューマニスト協会は、日本にトランスヒューマニズムを啓蒙し、未来社会の実現のために日々活動に邁進いたします。